1月の終わりに思うこと(ひとり言 其の六百七)

2016年1月30日

明日で2016年の1月が終わります。

今日はこれからギタリストの高久さんが毎年行っているという『フグの会』にお邪魔させて頂きます。

昨年もお誘いをいただいたのですが、すでに予定が入っていたので「是非来年に!」ということで、一年越しの実現です。

明日は、年末に亡くなった従兄(いとこ)の喪中見舞いというのでしょうか、、、兄と二人でお宅に伺い、ゆっくりとお話を聞かせて頂く予定です。

私が小学生の時に、1年ほど我が家に居候(?)していたことがあって、中学生になったばかりの兄は、その従兄の影響をずいぶんと受けていました。

モテモテで格好良かったので、憧れていたのだろうと思います。

兄がギターを始めたのもその従兄の影響でした。

当時からビートルズやツェッペリンが好きで、お葬式の時にも会場にイエスタディが静かに流されていて、棺の上にはエレキギターが置かれていて、遺影もリビングでギターを持ってニッコリ笑っているとても自然な写真でした。

私がギターを始めたのは兄のマネをしたわけですから、つまり、私が今こうして好きなギターを弾いている種は、その従兄ということになります。

人との出会いも別れも、すべて思うようにはいきませんが、すべて意味があるように思います。

人生は、いろいろな「縁」のつながりで成り立っている、と言っても過言ではありません。